痘痕

 

「あばたもえくぼ」といえば、好意を「もっていると、その人のやることが何でも良く見える」という譬えとして、今でもよく使われている。

 

しかし、天然痘は今は無く、したがってあばたの人も無く、あるのはにきびの掻きこわしの跡だけになってしまった。医学の発達のおかげで、有難いことである。

 

ところで、天然痘の治った後の小さな穴を、何故「あばた」というのであろうか。あばたは梵語のアルブダの音写語で「阿浮蛇」と書き、疱(水疱や濃疱)や腫物(はれもの)を意味する。阿浮蛇は、阿浮蛇地獄という熟語で経典に現われる。この地獄は八寒地獄の一つで、仏を謗り、法を非難し、聖者の悪口をいい、寒月に人の衣をはぎとり、凍りたるとき人の薪を盗むなどのことをした人が堕ちる地獄である。この地獄に堕ちると、あまりの寒さのため身体に疱が生じる。これがまさにあばたなのである。

 

八寒地獄には、この他に「あたた地獄」「あはは地獄」「あくく地獄」がある。何か笑いをこらえて、ついに笑い出した感がする地獄である。しかし、その実体は、あまりの寒さに思わず発するうめき声であって、お笑いの地獄ではなくユーモラスな名前のわりには、厳しい世界のようだ。

 

「紅蓮の炎」という紅蓮も、実は「紅蓮地獄」の略で、やはり八寒地獄の一つである。あまりの寒さに、皮膚が紅色の蓮華のようにめくれて裂けるので、このような名前がついたという。

 

紅蓮の炎という言葉から受ける印象は、灼熱の砂漠に油田の煙突から燃え上がる炎といった感じだが、実は極寒地獄での皮膚の赤さだというのは、意外な肩すかしである。