はじめに

 「人間、我慢が必要だ。縁起が良いといって有頂天になっていると、その刹那に奈落に落ちるぞ。長老の意見を聞き、すべて億劫がらずに精進すれば出世もする。世間の議論に頓着せず、浮世を観察、見聞し、学生の分別をもつべきだ。馬鹿なことは、後生だからやめてくれ、さすれば親としてまことに有難い」。
 変な文章になりましたが、これは仏教の言葉から出て、普段それと気付かずに使っている言葉を、集めて作った文章だからです。このなかに使われている人間、我慢、縁起、有頂天、刹那、奈落、長老、億劫、精進、出世、世間、議論、頓着、浮世、観察、見聞、学生、分別、馬鹿、後生、有難いという言葉は、仏教から出た言葉です。
 言葉は生きています。時代や環境が違えば、それに伴って変化します。それを使う人間が変化するのですから、当然といえば当然です。
 水の流れる如く、上品な言葉も時代の流れとともに下落してゆきます。現在「坊主」という言葉は、上品な言葉ではありません。しかし、もともとは僧坊(大寺院)の主に対する敬称でありました。僧坊内には幾つもの房舎(小寺院)があり、それらの主は「房主」と呼ばれていました。この「房」と「坊」とが混同され、小寺院の房主が坊主と呼ばれるようになったときから、一気に下落が始まりました。
 このように、本来の意味から離れて使用されている言葉は、もとにもどることはありません。そこで原義を尋ねて、その変化をみるのも、一つの楽しみであると思われます。